「もしも……」を想像する〈SF的思考〉で、人間について考える

Kaguya編集室

SFと聞くと何を思い浮かべるでしょうか。ドラえもんや鉄腕アトムといったロボット漫画でしょうか。あるいは、星新一や小松左京といった作家たちでしょうか。宇宙、ロボットといった、作品に出てくる要素の印象が強いSFですが、その最大の魅力は「もしも……」という想像力によってまったく新しい世界を見せてくれる、ということにあるように思います。

「もしも、東京湾に巨大な怪獣が現れたら?」

「もしも、過去や未来に行くことができたら?」

「もしも、君と僕の中身が入れ替わってしまったら?」

こう考えると、あなたの好きなあの作品もその作品も、あるいはSFだとは思っていなかったこの作品も、「もしも……」の想像力を使って魅力的な作品世界を作り出していることに気がつくかもしれません。

ここでポイントなのは、「もしも……」の想像力によって作り出された世界は、飛躍によって生み出された設定のおもしろさもさることながら、実際とは違う状況を想像することによって、今・この世界を相対化し、今・この世界の姿やそこで暮らす人々の姿をくっきり浮かび上がらせることができる、ということです。この「もしも……」の思考力を、SF的な想像力と呼びます。

そして飛躍と相対化という二つの武器をそなえたSF的な想像力は、思わぬ角度から人間について考えることを可能にします。

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Kaguya編集室

VGプラス合同会社が運営する出版レーベル「Kaguya Books」の編集室。「SFをもっと」をモットーに、SF作品とSF的な想像力を通して、社会の中でホッと息をつける場所や、より良い世界を希求していくヒントや原動力を提供することを目指す。書籍、雑誌、ウェブサイトを通じて国内外の多様な書き手による優れたSF作品・論考を紹介するとともに、関連するワークショップ、読書会なども積極的に開催している。

SF的想像力を通して考える、人間らしさとは

「もしも、AIに感情が芽生えたら……」そんな世界を描いたSF作品はこれまでに多数作られていますが、Chat GPTやGrokが生み出す文章の精度があがったことによって、グッと現実的なものになりました。

この問いを「感情をもっているAI」ではなく「コミュニケーションをとっている相手に人格や感情を見出してしまう我々人類」に注目して研究をしているのが、ヒューマンエージェントインタラクション(HAI)研究。ここでいうエージェントとは「意図をもつかのように振る舞う人工物」のことで、スマート家電やペットロボットも含まれます。

虚構(フィクション)や物語をキーワードに近年のHAI研究を紹介している慶應義塾大学の大澤博隆先生の記事を読むと、エージェントに感情や人格を見出し、そこにリアクションをとるという行為が、人間の営みの中で非常に重要な位置を占めることがわかると思います。

SF的な想像力で考える人間の倫理

今とは違う状況を想像するSF的な想像力は、人間社会の善悪や倫理について考える際にも役に立ちます。例えば、不死をもたらす火の鳥とその魅力にとりつかれた人間たちを描いた手塚治虫『火の鳥』では、悠久のときを生きる火の鳥は独特の倫理観を持っています。あるいはAIがさらに高度に発達し、人間のどんな疑問にも答えてくれることが当たり前になったら、人間の意思決定と、それがもたらす結果に対する責任はどのように変わるのでしょうか。

広島工業大学の萬屋博喜先生が取り組んでいるのは、SFマンガを題材に倫理学の問いを考える授業。科学技術が高度に発展した未来社会や文明崩壊後の地球など、現実とは異なる世界では善悪の基準や倫理はどのように変わるのか、あるいは変わらないのかを考えてみることで、私たちが生きる上で何を大切にしているのか、ということを相対化し、見つめ直すことができるのです。

SF的想像力をきっかけに人類の誕生の謎がわかる?

みんな大好き、プリッとかわいいコアラのお尻。このコアラのお尻について、人類との共通項に注目し、「しっぽ学」として研究をしているのが京都工芸繊維大学の東島沙弥佳先生(記事公開時は京都大学所属)です。進化的にはかなり早い段階で分岐したコアラと人類ですが、しっぽがないという共通項があります。そこへ収斂していった理由を調べることで、現在は謎に包まれている人類のしっぽがなくなっていく過程と、人類の誕生を紐解くひとつのヒントになるかもしれません。

これはまさに、「コアラのお尻と人間のお尻、しっぽがないという共通点にもしも必然性があったら……」という一見荒唐無稽に見えるSF的思考が、飛躍力によって新しい学問領域を切り開いている例と言えるのではないでしょうか。

今回の記事では、人間らしさ、倫理、進化、という三つの観点から、SF的想像力によって人間について考えてみました。ふと思いついた可笑しな妄想、現実にはありえない極端な状況、こうであって欲しいという願望、これは嫌だというディストピア……たくさんの状況をシミュレーションし、比較し、物語るSF的思考は、ものごとを多角的に考える力を私たちに与えてくれます。身近なところにあるSF的思考に注目し、そこからさらに想像力の羽を伸ばしてみるのも楽しいかもしれません。

※「キュレーション記事」は、フクロウナビで紹介されている各記事の内容をもとに書かれています。紹介する記事のなかには、記事が執筆されてから時間が経っているものもありますのでご注意ください

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