圧倒的なものに出合うと、人は癒やされる? 日常では知り得ない、壮大さ、壮絶さを感じさせる記事
花岡 正樹/フクロウナビ編集長
壮大なもの、壮絶なものを目の当たりにすると、自分のちっぽけさを知り、何ともいえない気持ちになる。そういった経験はないだろうか。たぶん人が絶景や遺跡を求めて旅に出かけるのは、まさにこの気持ちを得たいがためであり、それによって人は癒やされるのだと、勝手ながら思ったりしている。
今回、旅に出かけずとも、また旅とはぜんぜん違う視点で、壮大さや壮絶さにふれられる記事を選んでみた。研究や学問の世界を知ることもまた、未知なるものと出合う旅なのである。ぜひその一端を感じてみてほしい。
記事をおすすめした人
花岡 正樹
株式会社hotozero代表。「フクロウナビ」編集長。ウェブマガジン「ほとんど0円大学」編集長。ライター、ディレクター、広報コンサルタントとして、大学の広報戦略や広報物の企画・制作に携わるほか、大学の魅力を社会に伝える書籍の執筆に取り組む。著書に『50歳からの大学案内 関西編』(ぴあ)、『年齢不問! サービス満点!! 1000%大学活用術』(中央公論新社)など多数。
果てしない宇宙の謎を、理論物理で解き明かす
まず紹介したいのは、宇宙にまつわる記事。理論物理学者である関西学院大学の楠瀬正昭先生は、地上の実験室では絶対に再現できない「極端な環境」にある天体の研究に取り組んでいる。記事では、ブラックホールからエネルギーが放射される「ジェット」という現象の研究を主に扱っているのだが、まあ私たちの“フツー”からはほど遠い。
ブラックホールに吸い込まれたガスは、「最終的に光の速さの99%以上の速度、つまり光とほとんど同じ速さにまで近づいていくのです。そうした凄まじい速さの物質は、ものすごいエネルギーを持ちますので、一部はブラックホールの重力を振り切って外に飛び出してくる」と楠瀬先生。この飛び出してくる現象こそがジェットなのだという。そもそもブラックホールは吸い込むものであって吐き出すものではない。そんなイメージをもっていたので、研究対象の説明段階で、すでにドウイウコト?という感じである。
さらに記事では、太陽の何億倍、何十億倍もの質量を持つ巨大ブラックホールの存在や、イタリアの調査チームが「宇宙全体で4000京個(1000兆の4万倍)のブラックホールが存在する」と予測したことにも触れられている。宇宙は謎に満ちている。通り一遍のセリフではあるが、これをしみじみと感じさせてもらえる記事だった。
地表にいるだけではわからない、知られざる地球内部の世界
宇宙もすさまじいが、地球もまた私たちの想像を軽く越えてくる。次に紹介したいのは、地球内部物理を専門とする明治大学の新名良介先生の記事だ。記事では、私たちが住む世界は、地表を覆う薄皮いちまいの部分に過ぎないと言及している。そして、それもそのはずというか、新名先生は地球の深さをこのように説明する。
「地表から地球の中心部までは約6400 kmです。そのうち、私たちにとって身近な『地面』といえる地殻は、約40 kmの深さまでです」
ちなみに6400 kmをイメージさせる例として、新名先生は「東京からハワイが6500km程度」と補足してくれるが、壮大過ぎてもう頭が追いつかない。そして、これだけの深さがあると圧力もすごいようで、「地球最深部では360万気圧という高圧力がかかっていると考えられています。それは、切手(1平方センチメートル)の上に体重6トンの象が600頭乗っているという圧力なのです」と新名先生。私たちが立っている地上の真下には、このような世界が広がっているのだ。
記事ではさらに新名先生が地球内部をどのように観測し、研究を行っているのか。また、この地球という惑星に生きるものとして、人類は何をするべきかについても考えを語ってくれている。地球の壮大さをただ伝えるのではなく、広げた視点を最後にギュッと私たちの現実に引き戻す記事構成が面白く、読み終えると背筋が伸びる思いがした。
人間とは比べようのない、ストイックなフクロムシの生き様
立て続けに壮大な記事を紹介してきたが、最後に壮絶さを感じさせる記事で締めくくりたい。甲殻類の寄生虫を研究するお茶の水女子大学の吉田隆太先生によるフクロムシの記事である。さらっと書いてみたものの、大多数の人はフクロムシってナニ?と首をかしげることだろう。この生き物は、「甲殻類に寄生する甲殻類で、推定では世界に300種ほど。とくにカニに寄生する種類が多く <中略> 名前のとおり巾着袋みたいな袋型」をしていると、吉田先生は説明してくれている。
甲殻類というとカニやエビのような姿をイメージしてしまうが、フクロムシの姿はこれらとまったく違う。しかし、孵化してすぐは他の甲殻類の幼生とそう変わらないようで、そこにさらに驚いてしまう。どこにでもいるごく一般的な子供(幼生)が、大人(成体)になるとエキセントリックどころか巾着袋みたいになってしまった……。吉田先生が「寄生虫全般そうですが、生活史がとてもドラマチックでしょう。僕らでは想像できない世界が広がっている」と話されたように、そこには壮絶な人生(?)があり、生存戦略があった。人間の生き様と到底比べることのできないフクロムシの生き様を知ると、もう少し常識に縛られずに生きていってもいいんじゃないか、そんな気持ちが湧いてくる。
いかがだっただろう?ややまとまりが欠けるが、壮大なもの壮絶なものという視点で、おすすめしたい記事を紹介させてもらった。旅行のように、その場に行って目で見て理解することこそできないが、でもだからこそ、私たちの日常的な感覚から大きくはずれた現実を知ることができる。それが学術・研究分野の魅力の一つだと思う。ぜひ非現実的な現実にふれ、新たな興味を開拓していって欲しい。
※「キュレーション記事」は、フクロウナビで紹介されている各記事の内容をもとに書かれています。紹介する記事のなかには、記事が執筆されてから時間が経っているものもありますのでご注意ください