「本や本のある場所」に人は何を求めている?その未来にヒントをくれる記事
田中 冬一郎/フリーペーパー専門店 はっち 店主
全国の本屋がどんどんなくなっていくなかで、いよいよ国も危機感を持ったのか、経済産業省が「書店振興プロジェクトチーム」を立ち上げるなどしているようですが……。「本や本のある場所」の未来は、これからどうなっていくのでしょうか。フリーペーパー専門店というアウトサイダー的な本屋を営んでいる身として、店番をしているときにふと、また、お客さんとの会話の中でも気になってしまうテーマです。
そもそも、人々は「本や本のある場所」に何を求めているのでしょうか。私が考える3つの仮説と、その未来につながるかもしれない記事3つを紹介します。
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田中 冬一郎
大阪のフリーペーパー専門店「はっち」店主。一般社団法人ワオンプロジェクト代表理事。オルタナティブな『本屋』として、「めめんともり読書会」、「スマートフォン・フィルムフェスティバル」などローカルな文化や作り手を応援する活動を長年にわたって展開している。2024年からはメタバース上で美術史やことばについて学ぶ「メタバース芸大REST」をスタート。新しい文化圏へと活動の場を広げている。
テクノロジーで自分を再発見する
目当ての本を探しに行ったら、隣の棚などで「意図せず見つけた本に興味を惹かれる」ことは誰しもあるでしょう。意識していなかった自身の興味や関心に、本を通して出会い直すような体験――いわば、「自身の興味の可視化」です。
オンラインショップで検索ワードを入力するだけでは得られない「自身の興味の可視化」を人々が求めているのであれば、本屋では書店員の選書眼によって支えられている偶然の出会いを、近い将来、対話型AIチャットボットやファミリーレストランでも普通に見かけるようになったサービスロボットが代替するようになるかもしれません。
ここで紹介したいのが、京都大学こころの未来研究センターの熊谷誠慈准教授の研究です。最古の仏教経典『スッタニパータ』から抽出したQ&AリストをAIに機械学習させ、ユーザーからの質問に回答する「ブッダボット」、そして、人のこころや体の状態をセンサーやAI技術で推定し、五感を刺激するアクチュエーター(駆動装置)を使って理想的な状態に導く新たなテクノロジー「PNS」(Psyche Navigation System)は、「(本/テクノロジーといった)他者を通して自分と出会い直す」という点で親和性がありそうです。
書評合戦「ビブリオバトル」で交流する
SNS全盛期の今。2000年代のWEB2.0的な空気の延長線上で、誰とでも繋がれそうで、実は目当ての「同好の士とは繋がれない」、あるいは情報過多で「どの本を手にとるべきかわからない」というのがリアルな感覚かもしれません。そんな人々が本を介して「誰かとの交流や最初のきっかけづくり」を求めているのだとすれば、ビブリオバトルがその望みに応えてくれそうです。
ビブリオバトルとは、5分間の持ち時間の中で薦めたい本についてプレゼンテーションし、参加者の議論により「チャンプ本」を決めるという、ゲーム感覚を取り入れた新しいスタイルの「書評合戦」。一部の本好きだけでなく、今や小中高校、大学、一般企業の研修・勉強会などにも取り入れられ、着実に文化的ツール、システムとして拡がっています。
一方、ビブリオバトルの考案者である立命館大学情報理工学部(記事公開当時。現在は京都大学大学院情報学研究科)の谷口忠大教授は、(大人数が集まる)イベント型は、例え100人が集まっても発表する5人しか本を読む必要がないため、ショーであっても読書推進にならないと語り、少人数の「ワークショップ型」を推奨しています。ここに、オンラインサービスやアプリに代替されない、実体のある「本や本のある場所」の生き残りのヒントがあるような気がします。
自分だけの居場所を見つける
それぞれの切実な事情から、積極的な他者との交流というより「自分だけの居場所」を本や本のある場所に求めている場合。それは必ずしも時間や空間の制約のある現実社会である必要はなく、VR(バーチャル・リアリティ)技術による仮想社会であってもよいのかもしれません。関西学院大学工学部の井村誠孝教授によると、VRとは「リアルの本質的な部分を再現して、目の前にない物事をあたかも存在するように感じさせる工学的技術の集合」。私自身、VRを用いた交流サービスであるメタバースに大いに興味を持っていて、数年前からメタバース上でも「本屋」の肩書きで読書会などさまざまな活動を展開し、多くの人に参加してもらっています。
井村誠孝教授は、人間の五感をどのように再現していくのかについて「聴覚、視覚の再現は進んでいて、次は触覚。対して、嗅覚や味覚は、鼻や口に化学物質を送り込まないといけないため技術的なハードルが高い」と話していますが、これには実体験としてうなずく部分があったりしました。
ここまで、「本や本のある場所」に求められている役割を「自身の興味の可視化を求めている」「誰かとの交流や最初のきっかけづくりを求めている」「自分だけの居場所を求めている」という3つの仮説で示し、それらがAIやワークショップ型の小規模な集まり、VRやメタバースと絡み合う近未来をSF的に妄想してみました。
全国の本屋がなくなる危機感のなか、国の施策が書店業界の生き残りに終始するのではなく、こうした本質的な部分からの議論になっていればいいな……そんなことを、今夜もお客様と世間話をしながら、本屋の片隅で叫んでいたりするのです。本や読書は未来への扉。それを閉じて欲しくないと切に願っています。
※「キュレーション記事」は、フクロウナビで紹介されている各記事の内容をもとに書かれています。紹介する記事のなかには、記事が執筆されてから時間が経っているものもありますのでご注意ください